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バブル・エコノミー、カンボジアの場合

 投稿者:コンラック  投稿日:2005年 8月20日(土)07時23分16秒
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   MKさん、今日(土曜日)はどんな風に過ごしていますか?さて、アチェでのバブル・エコノミーの話を読んで、カンボジアを思い出しました。国連カンボジア暫定統治機構UNTACがカンボジアを去ったのが1993年9月のこと。私はその半年後にプノンペンを訪れました。町中は「これが一国の首都か!」というようなすごい光景。人糞が至るところにあり、非衛生この上ない。新聞スタンドでは香港製ポルノが売られている有様。10ドルもする本を買うカンボジア人などいない。これはUNTACが残した置き土産でしょう。最初、宿はバックパッカーに有名なキャピタル・ホテルに行ったが、すぐに引っ越した。女好きで有名なフランス人やイタリア人目当てにたくさんのカンボジア娼婦が溢れ、落ち着けるような環境ではなかったから・・。UNTACが去ってから、ホテルはガラガラ。値段も格安だったので、そこへ移った。部屋に備え付けられていた大きなデスクには、UNTACの文字が入った書類が残されており、ここにその関係者が住んでいたのが想像できた。電力事情の悪いプノンペンの夜で唯一にぎやかなのはキャバレー。そこには想像を絶する数のベトナム女性が待機していた。これもUNTACが作り出したものでしょう。市内にある中華レストラン、値段が安ければ何か食べようとメニューをのぞくと、プライスはマンハッタンにあるレストラン級。どこもかしこも、UNTACの置き土産が溢れていた。町中から一歩外に出れば、貧しい地元民の暮らしが広がっているというのに・・。
アンコール・ワットに行こうかと、プノンペン中央駅に行くと、そこにあったのは機関銃掃射でハチの巣だらけになった列車。私が滞在中にのんきなフランス人バック・パッカー3人が反政府軍に捕まり、身代金を要求された後に殺された。あれからカンボジアには入っていないけれど、あの国の未来は大丈夫なのだろうかと、今でも思っています。

http://www.khonrak.com/

 

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