Tropical Eyes BBS2
忌憚の無い意見こそ大歓迎です
Reload
投稿者
メール
題名
内容
<IMG><OBJECT>タグが利用可能です。
(詳細)
ファイル1
ファイル2
ファイル3
アップロード可能な形式(各1MB以内):
画像(gif,png,jpg,bmp) 音楽(mmf,mld) 動画(amc,3gp,3g2)
URL
[
ケータイで使う
] [
BBSティッカー
] [
書込み通知
] [
teacup.コミュニティ
] [
検索
]
投稿募集! スレッド一覧
スレッド作成
他のスレッドを探す
[PR]
派遣社員
ハワイパッケージツアー
群馬の求人・転職
seo
インプラント 新宿
[
teacup.
] [
無料掲示板
] [
プレミアム掲示板
] [
teacup.コミュニティ
] [
ブログ
] [
チャット
]
【From teacup.】この掲示板は投稿が一定期間無いため、各記事中に広告を表示しています。
全110件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
|
《前のページ
|
次のページ》
fujiさんへ返信
投稿者:
MK
投稿日:2006年11月 6日(月)05時55分56秒
返信・引用
書き込みありがとうございます。
密越境ですか。ただならぬ事情があるようですね。
私が再三訪れていた頃と較べると、KNAも随分変わってきたと聞いています。
バンコクにお立ち寄りだったら、メールの方にでも御連絡ください。
http://newsasia.hp.infoseek.co.jp
こんにちわ
投稿者:
fuji
投稿日:2006年11月 5日(日)20時43分11秒
返信・引用
はじめましてMKさん
突然ですいません。
私事ですが、KNAで戦っていた方と知り合い、今年中にタイ経由でビルマに赴くことになりまして、調べ物をしていましたらふとした拍子にMKさんのHPに出会い、拝見させて頂きました。
世界中にさまざまな活動をされる事情通な日本の方がいらっしゃるんだなと感じました。
現時点であまり詳しく拝見しておりません。再訪させて下さい。
最近はメソット方面などにニュースがありますでしょうか?
難民の増加といったことは聞こえてまいりますが、情報は少ないように思います。
(集めるのも苦手でして・・)
密越境しなければならない必要上、情報収集は大切ですが、何分PC環境すらなくネットカフェで拝見しています。
お忙しい所に厚かましく書き込ませていただきます。
コメントをいただけましたら嬉しいのですが。
Re:バブル・エコノミー、カンボジアの場合
投稿者:
MK
投稿日:2005年 8月20日(土)12時45分41秒
返信・引用
コンラックさん、こんにちは。
昨晩の満月は、陰暦7月15日で「中元節」。
盂蘭盆(サンスクリット語のUllambana=甚だしい苦しみの意。祖先の冥福を祈り、その苦しみを救う行事。[抄:広辞苑])ということで、里帰りや墓参りなど忘れてしまった私は、天空の星を数えていました。その星のなかに、カンボジア星も明滅していました。カンボジア星は、12年前にUNTAC隕石が衝突し、いまだそのクレーターが無残な姿をさらし、残留放射能は消えないままです。
一度バブルの恩恵を享受すると、破裂したあとも、バブルの夢を見てしまうんですね。
先月末にカンボジアのコーコンに行ったのですが、そのときに津波の話題で若いバイタク・ドライバーと話しました。
「世界中から援助金がたくさん集まって、タイやインドネシアは良いよね」
援助だのみの体質がカンボジアを腐敗させているんだ、そういう考え方が駄目なんだ、と自説を彼に押しつけたのですが、彼も反論してきます。
「英語ができる僕のお父さんは、UNTAC時代に通訳として雇われ、その収入でとても裕福に暮らせたんだ。そして、僕が英語学校に行くお金も出してくれた。英語ができるようになってもUNTACが去ったあとは、あなたのような気まぐれな外国人が来るのを首を長くして待つだけ。客がつくのは数日に一人。バイクも借り物だし、やっていけないけれど、他に就職口は見つけられない。就職するためには、有力者に貢物をして、就職先に口利きをしてもらわないと駄目なんだけど、その貢物が半端なもんじゃないんだよ。津波被災国のように、世界中がカンボジアに注目し、外国人が大挙やってきて、お金を落としてくれるUNTAC時代のようなことが、起こらないかな。あなたの言う自助努力は正論だろうけど、僕は自助努力以前なんだ。」
UNTACの残留放射能…。
“同情するなら金をくれ”的考えを若い世代に植え付けたUNTACの責任は重い。
MK
http://newsasia.hp.infoseek.co.jp
バブル・エコノミー、カンボジアの場合
投稿者:
コンラック
投稿日:2005年 8月20日(土)07時23分16秒
返信・引用
MKさん、今日(土曜日)はどんな風に過ごしていますか?さて、アチェでのバブル・エコノミーの話を読んで、カンボジアを思い出しました。国連カンボジア暫定統治機構UNTACがカンボジアを去ったのが1993年9月のこと。私はその半年後にプノンペンを訪れました。町中は「これが一国の首都か!」というようなすごい光景。人糞が至るところにあり、非衛生この上ない。新聞スタンドでは香港製ポルノが売られている有様。10ドルもする本を買うカンボジア人などいない。これはUNTACが残した置き土産でしょう。最初、宿はバックパッカーに有名なキャピタル・ホテルに行ったが、すぐに引っ越した。女好きで有名なフランス人やイタリア人目当てにたくさんのカンボジア娼婦が溢れ、落ち着けるような環境ではなかったから・・。UNTACが去ってから、ホテルはガラガラ。値段も格安だったので、そこへ移った。部屋に備え付けられていた大きなデスクには、UNTACの文字が入った書類が残されており、ここにその関係者が住んでいたのが想像できた。電力事情の悪いプノンペンの夜で唯一にぎやかなのはキャバレー。そこには想像を絶する数のベトナム女性が待機していた。これもUNTACが作り出したものでしょう。市内にある中華レストラン、値段が安ければ何か食べようとメニューをのぞくと、プライスはマンハッタンにあるレストラン級。どこもかしこも、UNTACの置き土産が溢れていた。町中から一歩外に出れば、貧しい地元民の暮らしが広がっているというのに・・。
アンコール・ワットに行こうかと、プノンペン中央駅に行くと、そこにあったのは機関銃掃射でハチの巣だらけになった列車。私が滞在中にのんきなフランス人バック・パッカー3人が反政府軍に捕まり、身代金を要求された後に殺された。あれからカンボジアには入っていないけれど、あの国の未来は大丈夫なのだろうかと、今でも思っています。
http://www.khonrak.com/
Re:インドネシアのキリスト教徒
投稿者:
MK
投稿日:2005年 8月19日(金)18時11分25秒
返信・引用
コンラックさん、書き込みありがとうございます。
ご存知の通り、インドネシアは、多島、多民族、多宗教、多層階級、輻湊(ふくそう)文化の国です。
[輻湊=輻(や)が湊(こしき)にあつまる意。方々から集まること。物が一ヶ所にこみあうこと。(広辞苑)]
宗教でいえば、インド(ヒンドゥー)ネシアに、仏教、イスラム教が複合し、その上で西欧植民地支配(キリスト教)が入ってきました。
国家をまとめるための5か条「パンチャシラ」を苦労して考え出したスカルノの苦悶がわかります。
たしかに、あたらしく発足するアチェ自治政府が厳格なイスラム教政策を採るような報道もされています。しかし、私の実感ではアチェのモスリムたちも、コンラックさんが指摘されるジャワ島のモスリムと同様に「世俗」的です。厳格なイスラム教による住民の縛りつけは、反感を買うだけでしょう。
人心は、いままでインドネシア中央政府に収奪されていた経済が本当に自分たちの手に戻るのかという点と津波被害からの早期復興にむいていると思います。
いまのところアチェの人たちは、内戦終結と自治政府発足が、それを解決することになるという期待感をもっていますが…
話はかわって一旅人としての希望を述べると、津波以降、外国人が大挙入域して始まったバブル・エコノミーを何とかして欲しいものです。国連やメディアなどが法外な値段で、車などをチャーターするものだから、地元の人が普通の値段で車を使えなくなっています。そして、ベチャ(トライシクロ)なども目が飛び出す値段を平気で言うドライバーが出てきました。
http://newsasia.hp.infoseek.co.jp
インドネシアのキリスト教徒
投稿者:
コンラック
投稿日:2005年 8月19日(金)06時33分29秒
返信・引用
昨日の続きを書きます。超満員のバスの中、途中の町「バレンバン」から乗り込んだ、私の席は通路でした。簡易イスは背もたれがない。これは疲れます。さらに前も後ろも人がいるので足も満足に伸ばすことができない。きついを通り越していました。スマトラ・ハイウェイはジャングルの中の一本道。ほとんどが荷物を満載した大型トラック。それが猛スピードですれ違う。もう、神様に命を預けたのと同じです。途中の休憩所では、事故で粉々になったバスの残骸を目にした。そんな中、私の座った近くに10人くらいの若い女性の団体がいた。アチェにある「キリスト教徒」の団体で、ジャカルタでの集会に参加した帰りだと聞いた。その中に学校の先生がいて、英語を話した。その人のおかげで、途中のシャワー休憩やら、食事でいろいろアドバイスを受けた。バンドンで暮らしていた当時、周りはほとんどがモスリムだった。だから、キリスト教徒と接するのは初めての体験。「アチェにはキリスト教徒が多いのかなぁ」と、その時思った。日本に帰ってから、いろいろ調べてみると、アチェには厳格なイスラム教徒が住んでいると書いてある。アチェ紛争を「宗教対立」と間違って解説しているサイトまであった。ジャワ島に住んでいるインドネシア人のモスリムを見ていると「世俗化」されているように思う。隠れてアルコールを飲む人もいるし、売春地帯もある。テレビではタレントがセクシーな歌まで歌っている。今回の「アチェ自治権獲得」によって立ち上がるであろうアチェ自治政府は、あくまでも厳格なイスラムのやり方を展開するのだろうか?そんな人達の暮らしを見てみたい!!
http://www.khonrak.com/
Re:アチェへの想い
投稿者:
MK
投稿日:2005年 8月18日(木)12時37分54秒
返信・引用
編集済
コンラックさん、書き込みありがとうございます。
ジャカルタからメダンのオンボロ・バス旅行ですか、それはシブイ!
今年1月に、アチェの取材が終わったあと、バンダアチェからメダンへ夜行バスに乗りました。行きのメダンからバンダアチェでは、友人たちと車をチャーターして移動したのですが、北スマトラからナングロアチェへの州境の検問所でインドネシア軍悪徳兵士からかなりの意地悪をされました。戒厳令(その後、解除されました)よりも津波被害報道という人道が優先されるはずだという信念でアプローチしたのですが、むこうはアチェの危急よりも日常のワイロせびりの方が優先事でした。バンダアチェへの往復は空路を使うマスメディアや援助関係者を羨望の目で見ながら、貧乏取材者の私は帰りも陸路です。夜行バスに乗れば一般の人たちに紛れて嫌な思いをせずに済むだろうと考えました。午前4時くらいに州境検問所でIDチェックを受け、外国人を見つけて舌なめずりをする悪徳兵士に、バスの乗客たち全員が目を覚まして抗議してくれました。兵士たちの横暴に普段は泣き寝入りの人たちが、津波被害の鬱憤を兵士にぶつけたような感じでした。状況的に、うしろめたい気持ちがあるのか、兵士もスゴスゴと引き上げて行きました。
未曾有の津波被害が、今回の和平合意を加速させたことは事実ですが、アチェ州配備兵士たちと住民たちの軋轢などは一朝一夕に消えてなくなるものではありません。また和平調印に参加したアチェのリーダーたちと一般アチェ人たちの想いに乖離がないわけではありません。そして、インドネシア有数の油田を抱えるアチェの石油利権をどのように再分配するのかというのも国際関係を含めて、すったもんだすることのひとつです。
国際停戦監視団のもと9月中旬にはGAMの武装解除が予定されていますが、一筋縄ではいかないでしょう。
私も、夜行バス乗客の連帯感から「アチェへの想い」を膨らましております。
MK
http://newsasia.hp.infoseek.co.jp
アチェへの想い
投稿者:
コンラック
投稿日:2005年 8月18日(木)07時26分44秒
返信・引用
初めまして、コンラックです。Blogのコメントは書き込み覧が小さいなぁ、と思っていた矢先、こちらの掲示板があることに気が付きました。私の今の関心事は「アチェ問題」です。実は2年前、スマトラ島をバス旅行しました。インドネシアとのつきあいは長く、1982年にバンドンで結婚をしました。今は理由あって離れて暮らしていますが、イスラム教は離婚できないので、インドネシアでは妻がいることになっています。さて、スマトラのバス旅行は命がけです。ジャカルタから乗った庶民的な長距離バス(つまり、値段が安い)の乗り心地は最悪。地元民でさえ、肩で息するぐらいきつい旅でした。到着するまで2〜3日かかりますから、最後の方は乗客みんなが家族のようになります。そのバスにいた外国人は私一人だけ。つまり、みんなの注目の的でした。それでさらに仲が良くなり、別れるのがつらかった。そのバスの最終目的地がアチェでした。アチェも広いので、どこのアチェなのかわかりませんでしたが、メダン近くで降りた私を残し、オンボロ・バスは走り去っていきました。地獄のスマトラバス旅行で仲良くなった人達の住む【アチェ】に行きたい。その時から強く思うようになりました。さて、メダンですが、不気味な感じの街でした。あの街の探索もまだ、残っています。今回のニュース、インドネシア政府とGAMとの政治的合意。果たしてどんな風に展開するのでしょうか?WEBで入手できる情報によると、双方とも、かなり凄惨な殺戮を行ったようなので、「さあ、これで手打ち!!」とはならないような気がします。長くなり、失礼しました。
http://www.khonrak.com/
otaktmさんへ
投稿者:
MK
投稿日:2005年 7月 9日(土)01時55分47秒
返信・引用
編集済
otaktmさんへ
書き込み、ありがとうございます。
お孫さんとの行楽、うらやましいです。
僕もサムカンペーンの温泉に浸かりにチェンマイに行きたいです。
otaktmさんに励ましを受けて、小説サイトの更新を頑張る気持ちになりました。
ありがとうございます。
MK
http://newsasia.hp.infoseek.co.jp
ちょっとだけの異邦人
投稿者:
otaktm
投稿日:2005年 7月 8日(金)10時17分46秒
返信・引用
MKさん、2004.07.08 時どき覗かせてもらっています。ちょっとしたことがあって、またエッセーの書き方について考えています。貴小説サイト(ショートショート)の更なる充実をお待ちしています。孫が来たので、昨日はメーサ谷、今日はサンカムームペーンと振り回されています。お元気で。otaktm拝
以上は、新着順11番目から20番目までの記事です。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
|
《前のページ
|
次のページ》
/11
新着順
投稿順